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加藤自動車相談所の歴史

徳島県ナンバーワンの車検整備台数を誇る加藤自動車相談所は、昭和25年に創業した老舗の整備工場です。自動車がまだ一般的なものではなかった創業当初から、自動車に関するいろいろなアドバイスや、トラブルに対する対応など「加藤自動車相談所」という社名の通り、徳島の自動車ユーザー様の相談所として活躍。現在では点検修理台数約16,000台、車検整備台数約6,000台と、年間でおよそ22,000台もの自動車を扱うまでに成長しました。

私たちの夢は、四国一の技術クオリティーと規模を持った総合的な自動車整備工場に成長することです。そしていつの時代も「人と自動車の関係」を見つめて、単に自動車を扱う「工場」ではなく、対話を大切に一人ひとりのお客様に親身に接する「相談所」でありたいと考えています。

いまでこそ、徳島県ナンバーワンの車検台数を誇り、多くのお客様にご信頼頂いている加藤自動車相談所ですが、創業からバブル崩壊の時代には、厳しい時もありました。加藤自動車相談所は、社名の通り「徳島の自動車ユーザーの相談所」であり続けます。そんな社名の由来を、私も、部下も、スタッフ一人ひとりが忘れないため、ここに創業からの物語を記したいと思います。

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株式会社加藤自動車相談所 代表取締役 加藤健司

これは、私からあなたへの少し長い手紙です。もしよろしければ、最後まで読んで頂けると幸いです。

終戦から5年後に創業した加藤自動車相談所

終戦から5年が経過した昭和25年、父「加藤正明」が創業した加藤自動車相談所ですが、当時は父も含めて数人ではじめた小さな自動車修理工場でした。創業時に父が「単なる整備工場ではなく地域のお客さんの相談所でありたい」とつけた会社名で、文字通り地域の人から相談される、そんな誇り高い志を持った自動車整備の相談所として、加藤自動車相談所はスタートしました。

二代目経営者である私がこの会社を継いで地域のために頑張ろうと考えたのは、そんな父の背中を見て育った小学生の頃でした。

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創業直後の家族写真 父と母と子どもの頃

颯爽と仕入れに向かう父の背中

私がまだ小学生の頃、父に自動車の仕入れのため、大阪に連れて行ってもらったことがありました。大阪の中古車センターを何ヶ所か見て廻り、クルマを仕入れ、そのクルマをフェリーに乗せて颯爽と帰ってくる父親の傍らで「ぼくも将来自動車会社の社長になるんだ!」と胸躍らせたことを、いまでも思い出します。

今思えば、終戦から5年後の復興の時代から高度成長期にかけて自動車市場は拡大していましたので、父の時代は黙っていても自動車修理が毎日入る、そんな時代だったのかもしれません。昭和25年に創業した「加藤自動車相談所」は、整備の依頼がひっきりなしにある、そんな自動車整備工場でした。

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事務所の机の前で 「相談所」として多くの自動車修理をこなす

私は小学生の頃から「父の後を継ぐんだ!」という気持ちが強く、自動車の勉強をするため阿南高専を卒業、大阪市内の自動車整備工場で修業をさせてもらいました。修行先の整備工場で自動車整備について多くを学び、その後は、フロント業務を経験させてもらいました。修行先で自動車整備のイロハについて叩き込まれ、多くを学ぶことができました。

そして、親父の会社を継ぐべく、満を持して徳島に帰ってきたのです。

ところが、父親の待つ会社に帰ってみると・・・

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修行時代の大阪 あこがれの自動車が沢山走っています

酒が入るたびにケンカになる親父の会社

大阪での修業を終え、父の会社に入社してみると、驚きの事態になっていました。数人から初めた整備工場は、総勢7人を抱える整備工場になっていました。しかし、たった7人の会社なのに社員同士の仲が悪い・・そんな整備工場になっていたのです。子供のころ、颯爽と大阪に自動車を引き取りに行く姿を見ていた私は、本当に驚きました。

「なぜ、忙しくてお客さんに恵まれていた会社の社員がこんなに仲が悪いのだろう?」原因はすぐにわかりました。父親も社員もいわゆる職人肌のタイプで、目の前のクルマの整備には真摯に向き合い、こだわりの整備をするのですが、職人がゆえに口下手で、社員同士のコミュニケーションやお客さんとの接客は極端に苦手な社員ばかりだったのです。

仕事は完璧にこなす職人たちでしたが、酒が入るたびにケンカが始まり、年下だった私がよく仲裁をするような、そんな状態になっていました。

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職人肌の整備士ばかり 整備の技術力は折り紙付きでした

一体この会社をどうすれば良いのか・・

仕事は完璧にこなすが口下手の先輩社員を抱えて、この先一体どうすれば良いのか?本当にお恥ずかしい話ですが、ここだけの話、自分の理想とする会社とは全く違う、働いていても面白くない職場でした。何とかしたいけど、何をすれば良いのか・・これからの事を考えると気が重い。修行先の会社には無かった問題を抱え、途方に暮れたこともありました。

「俺たちもディーラーになるぞ!」

そんな加藤自動車相談所ですが、仕事の丁寧さと技術力は定評があったため、お客様には評価され、高度成長期の波に乗り会社は成長していきました。そんな頃、地域の有力者の紹介で、自動車ディーラーを経営する話が舞い込んできたのです。

「うちのような7~8名の会社でそんなことが出来るのか?」と不安もあったのですが、幸い徳島では多くのお客様が「加藤自動車相談所」を慕ってくれましたので、思い切って自動車ディーラーとなるべく権利を手に入れ、チャレンジすることにしたのです。

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自動車ディーラーを始めた当初の加藤自動車相談所

クルマの売れないディーラーの誕生

創業以来、自動車整備を愚直に行ない、信頼一筋で経営してきた加藤自動車相談所ですが、ついに誰もがうらやむ自動車ディーラーとなり、徳島市内に店舗を華々しくオープンすることになりました。自動車ディーラーとなったわけですから、自動車整備以外にメーカーのクルマも販売しなければなりません。ところが・・最初に発売した車はよく売れたのですが、その後の新型車は全く売れなかったのです。思いもよらぬことに慌てた私たちは、社員全員で土日も祝日もお店を開けてお客さまのご来店を待ち続けましたが、ほとんど来店がありませんでした。

いま思えば、私たちのディーラーへ来店するお客さまが少なかった原因は、色々と考えられます。バブルの波に乗り、自動車ディーラーをオープンすればお客さんは勝手に増えると考えてしまったこと。勢い余って立地条件の悪いところにオープンしてしまったこと。自動車メーカーの販売戦略にも問題があったこと。そして迫りくるバブル崩壊の足音に気づかなかったこと。お店にお客さんが来ない様々な原因が考えられました。

しかし、一番の問題は、外部要因ではなく私たち自身にあったと思います。加藤自動車相談所は、徳島の自動車に乗っているお客様の相談ごとを真摯に解決する会社でした。口下手な社員ばかりで、お客さんにの困ったことを整備で解決することは得意でしたが、新車をお買い求めになられるお客様に、自分たちの想いを上手に伝えることは苦手だったのではないかと思うのです。

泣きながらやったビンゴゲーム、つらい思い出

そんな厳しいディーラー時代の加藤自動車相談所ですが、中でも忘れられないイベントがあります。 それは、とある新型車の販売に合わせたイベント初日に起こりました。どんなイベントかというと、衛星放送を使ってのビンゴゲームです。たくさんのお客さまにご来店していただき、ビンゴゲームで賑わい感を演出しようと企画されたものでした。「少しでも新車を売りたい」誰もがそう考えていたのです。しかし・・そのイベントは想像を絶する結果に終わったのです。

免許の無い小学生がクルマを買いに来た

当時企画したイベントは、自動車メーカーからも期待され、メーカー本社から女性管理職の方が取材にお越しになられる予定でした。「果たしてお客さまは来てくれるのか?」「何人くらい来場してくれるのだろうか?」チラシも配り、みんなで呼び込みの電話も行いました。期待が膨らみます。そしてイベント当日、社員と家族総出で、ドキドキハラハラしながらオープンを待ちました。ところが・・・

新型車の発売イベント開始時刻が過ぎて、10分待っても、20分待っても、30分待っても、ひとりのお客さんも来店されません。自動車メーカーから視察に来られた社員の方の厳しい視線が、私に注がれます。私も含めて社員全員が、祈るような気持ちで、今か今かと来店者を待ち構えていたのですが・・・

そんな新車販売イベント初日、どうなったと思いますか?

結局、営業時間中にご来店頂けたのは、小学生の女の子が1人だけでした。ディーラーの新型車販売記念のイベントに来店したのは、なんと、チラシを見てイベントを楽しみにやってきた近所の小学生ひとりだけだったのです。

私は、半分泣きながら、ご来店頂いた小学生とビンゴゲームをしました。今でも絶対に忘れることのできない、小学生の女の子1人と、メーカー管理職の女性と、私だけの、たった3人のビンゴゲームです。この時の小学生の女の子が、免許を取って加藤自動車相談所から新車を買ってくれていれば・・私の気も少しは晴れるかもしれませんが、今となっては調べようもありません。

そんなこともあり、加藤自動車相談所は、ディーラー経営から撤退。初心に帰ることにしたのです。

徳島のお客さまから「ありがとう!」と言われるお店を目指す

ディーラー経営から撤退した加藤自動車相談所は、社名の由来の通り「単なる整備工場ではなく全てのお客さまの相談所でありたい」という志を目指します。

そんな風に考えていたころ、平成6年に車検のフランチャイズチェーン「車検のコバック」に出会いました。車検のコバックというフランチャイズチェーンは、正直に、まじめに、車検整備を行なうことで、お客さんを増やすという理念のフランチャイズチェーンです。その理念は、創業当時の「加藤自動車相談所」が行っていた「お客さんの為に親身になって相談に応じ、整備を行ない、喜んでもらいたい」という父親の目指していた理念そのままでした。

「この車検サービスを徳島で広めたい!」
そう考えて、早速、本部の車検工場を見学に行きました。
そこでみた驚きの光景とは・・

本部のある愛知県の車検整備工場では、驚きの光景を目の当たりにすることになるのです。お客さまが店員さんに頭を下げ「安くしていただいてありがとう」と、何人ものお客様が同じように、スタッフに頭を下げているのです。その「お店とお客さまとの姿」に、私は鳥肌が立ったのです。

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整備士も笑顔で接客しています

当時の加藤自動車相談所の車検整備は、確かな技術力で整備はできるのですが、正直なところ、笑顔の応対は出来ていなかったのかもしれません。何しろ、自動車整備一筋の職人たちが始めた整備工場です。技術力は折り紙付きですが、お客さんが増えて忙しくなってくるにつれて手薄になってしまったのが、接客力や笑顔の対応だったのです。自動車整備の数が激増したその頃には、目の前の整備をこなすことに精一杯で、お客さんが気持ちよく過ごせているかと言うと、正直なところ不安もあるお店だったかもしれません。

そこで私は、加藤自動車相談所を、「どんなお客さまにも頼りにされて感謝されるお店にしたい」と強く感じ、車検のフランチャイズに加盟する事を決断。全国で21番目のフランチャイズ店として、平成6年に新しい車検工場をオープンすることにしました。

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車検のコバックオープン当初

技術力+お客さんに喜ばれる接客応対で劇的に評価される

車検のコバックの経営理念のもと、職人のメカニックには意識改革を行ない、若いスタッフも増員、技術力のある車検整備と気持ちの良い接客応対を徹底的に実践すると、今までのお客さんにも、新しいお客さんにも喜ばれ、いままで年間400台程だった車検台数が、なんと1年後には1,200台と約3倍になり、2年後には1,800台、3年後には2,100台と増えていったのです。

この意識改革は大変でした。何しろ、今までは整備一筋でやってきた職人たちです。職人に「笑顔で接客しろ」と言っても一筋縄ではいきません。「普段想っていることを素直に口に出すこと」「お客さまが喜んでもらうことに全力を尽くすこと」そのことを必死に伝え、スタッフ全員「お客さまの相談所」であり続けるため努力を続けました。すると、あっという間に1店舗では限界がやってきたのです。

接客をおろそかにすることなく、整備の技術力も維持しながら、増え続けるお客さまを受け入れるため、平成9年に北島店をオープンさせました。この北島店も、地域のお客様に認められ、今でも多くのお客さま慕われて成長しています。もともと整備力には定評のある私たちです。接客力と価格、技術力が備わっている加藤自動車相談所の自動車整備は評判を呼び、車検台数はその後も順調に推移していきました。

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改革1年後には、車検台数1000台を達成!

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接客応対が評価され年2000台も突破しました

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徳島断トツナンバーワンの整備工場へ成長したのです

「おたくはクルマ売ってないからね」

1人の顧客の声から生まれた、軽自動車販売店「カラフル!」誕生秘話

新しく始めた車検サービスが人気で喜ばれているころ、私たちが何年もお付き合いさせて頂いていた大切なお客さまがいらっしゃいました。そのお客さまが、車を他社で乗り換えられたのです。今まで、長いお付き合いをしていただこうと色々なサービスを提供してきたつもりでしたが、自動車整備以外に自動車販売も行わないと、お客さまのカーライフをトータルサポートすることができず、真の「自動車相談所」にはなり得ません。

そのお客さまは「おたくは本当に良くやってくれるのだけど、クルマ売っていないからね。残念だけど他で買うわ。」と、残念そうにおっしゃったのです。「いくら良い自動車整備を提供しても、クルマの販売も行っていないと、お客様のカーライフはサポートできない」と考え、自分たちで車検整備も車両販売もできるお店にしよう!以前はできなかった、笑顔溢れる接客サービスもできる販売店を作ろう!と、車両販売に再チャレンジすることにしたのです。

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あまりの反響に、新店舗を北島でオープンしました

車検工場をご利用いただくお客様に話を聞くと、高い軽自動車を買うことに躊躇しているとのことでした。確かに、最近の軽自動車は高級化が進み、高額な軽自動車だと200万円を超えるようなクルマばかりが発売され、軽自動車は気軽に購入できるようなクルマではなくなっています。 そこで私たちは、新車同様の軽自動車が新車より安く買えるという「軽未使用車」の専門店を作ることを考え、まずは在庫台数を25台程度に抑えて、車検をご利用頂いていたお客さまや、地域住民の方に告知を行ない、軽自動車の専門店をスタートさせたのです。

25台の在庫はすぐに売り切れ100台に!

当初は25台の在庫台数でスタートしましたが、自社の顧客にだけにそっと告知したところ、あまりに人気となり、あっという間に完売してしまったのです。驚きました。車検工場で私たちのサービスや笑顔の接客を評価してくれていたお客さまでしたので、私たちが販売をはじめた未使用車を気に入って頂けたのです。


これは多くのお客さまを笑顔にできる!と、軽の未使用車をもっと知ってもらうため、コバック北島店の前の土地を450坪借りて、100台以上展示できる「カラフル!」という店舗名でオープンしたのが、平成24年4月です。

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今では200台を超える軽自動車を置いています

この「カラフル!」という軽自動車専門店は、車検のコバック同様、接客応対にこだわり、明るく元気なスタッフが出迎えるお店です。地域のお客様に、明るく、楽しく、そしてリーズナブルに、若い人も女性も安心してクルマを買って頂きたい!という私の願いが込められています。

古くからのお客さまに話を聞くと、自動車の購入に不信感をもっている方が多くいらっしゃいます。もしかしたら、この手紙を読んでいるあなたも、そうかもしれません。過去には、徳島の自動車会社で嫌な思いをしたことのある人もいるかもしれません。初めてクルマを買うあなたは、不安や心配があるかもしれません。そんな人にも気持ちよく買ってもらいたい。自動車の相談所であり続けたい。そんな想いで、カラフルのスタッフはあなたの来店をお待ちしています。

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明るく元気なスタッフが親身に対応します

そんな加藤自動車相談所ですが、創業当時は7人ではじめた私たちも、今では70人ほどの社員が活躍してくれています。売上げも順調に推移し、いまでは20億円を超えるような企業に成長しました。正直なところ、私自身ここまで来るとは思っていませんでした。強い会社をつくりたい、多少の不安材料があってもビクともしない、そんな強い会社をつくりたいという想いで、社員育成にも注力して、この徳島のお客さまのカーライフの相談所となれるスタッフを育てているつもりです。


これからも、私たちは、地域のみなさまのカーライフを支える相談所であり続けます

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カラフルのスタッフはあなたの相談役となります

私の満足度はまだ40%

私からの長い手紙を読んでくれてありがとうございます。徳島県ナンバーワンの自動車相談所と呼ばれるような、まだまだもっともっといい会社にしたいと思っています。私たちは、この徳島市でクルマを運転するすべての人のカーライフをより良いものにするため、「加藤自動車相談所」であり続けます。

代表取締役 加藤健司

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